歌:柏村武昭、カープ私設応援団 作詞:吉岡 治 作曲:市川昭介
わたしがカープの試合を初めて見に行ったのは昭和20年代、たしか宇品の県営グラウンド(そういう名だった)で、まだ観客席などなく、地面に棒を立てロープを張っただけのものだった。カープの選手が打てば、ロープを前に出し(ホームランになる可能性が少しは増える)、相手チームが打てばロープを自分のほうに引っ張る(ホームランになる可能性がへる)というなんとも考えられないようなものだった。
そのころ、東白島の円光寺だったと思うが、カープの4選手(磯田、長持{ながもち}、白石、長谷川)が来て、近所の子供やおっさんと一緒に話を聞いて、サインをしてもらったのを覚えています。
その後、大人になっても試合を見に行くことはほとんどなく、もっぱらビールを飲みながらのテレビ観戦なのでカープには金銭的には寄与していない。
特に、新聞もカープが負けた時はカープの紙面は読まずに捨てるので4面がムダになっています。もっぱら勝ったときだけ読むので、まるで大本営発表だ。これって、本当のカープファンなのかと自分でも疑っています。
今、ちまたで流れている応援歌「それ行けカープ」は 栄光の旗 とか 精鋭の技と力 とか曲の調子もなんだか右翼の街宣歌のようであまり好きになれません。さて、ここに掲載したカープの応援歌は初優勝の時(1975年)のもので、今、聞いても気分が高揚します。柏村武昭★の陽気な「 痛快!赤ヘル音頭!!」は歌詞を変えれば、いまでも、十分に通用するでしょう。正確にはまだマジックナンバーが点灯しているころの歌ですが、マ、固いこと抜きで歌いましょう。
広島→石川、岡山、青森(等あなたが住んでいるところの名に置き換える)
長島→高橋
竜虎→ヨコハマ
鯨→竜虎
V1、V2、V3→Vナナ、Vハチ、Vナイン
と変えればバッチシです。皆さんも歌ってみましょう。全国のカープ女子さんいかがでしょうか。
★印の柏村は当時、広島で人気のあったラジオのアナウンサーでバラエティーのようなことをやっていました。「 それでは、次はドスケビッチ・オンナスキーさんからのお便りです・・・・・・。」と言ってメールを読み上げているところをみると、あまり教養が高まる内容ではなかった気がします。
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