(6)口あんぐりのシルバーボール
ロードスターから見た人類が遭遇した最も驚くべき物体は、漆黒(しっこく)の宇宙空間に半ば透き通ったような白いシルバー色に自ら輝いていた。大きさは想像していた物よりも意外と小さく、せいぜい直径が2キロほどの楕円形というか、卵型というか、横2キロ、たて1キロ弱ほどのずんぐりむっくりした球体である。
不思議なことにこの楕円球体は、上下、左右、前後どこから見ても同じ楕円形に見えるのだ。まるで鉄腕アトムの頭のようである。これひとつとってもこの物体がただものでないことがわかる。あちこちグルグル旋廻しながら、
「この不思議な現象一つとっても、どうしてこのようなことになるのいまだに解明されてないのですよ。」と秀樹君。
「更に不思議なことはですね。」といいながら、このメタリックな物体めがけてロードスターを突進させた。
「うわー。」と私は頭をかかえ、目をつぶった。当然、衝突するものと思ったら、なんとメタリックな球体を突き抜けていた。心臓がいくら強くてもロードスターでの宇宙旅行は問題があると感じたね。
「はっ、はっ、はっ、びっくりしたでしょう。驚くのはこれからですよ。」といいながら、今度はゆっくりと球体に向かって旋廻した。先ほどの高速度(多分時速1000キロほどと思う)から、時速10キロに落とし、ほとんど静止状態で球体に接近した。近づくにつれ、その明るく、透きとおったような、メタリックの球体を見て、これは人類の創造物ではないと直感した。
というのも球体全体が窓一つないツンツルリンなのも異様であるが、それよりもなによりも、まるで明るいシルバー色でありながら、なんだか透き通っていて、ピンクとオレンジ色が混じったような、とにかく言葉では表現できない色彩なのだ。それはおまえの国語力が不足しているのだろうと、言われれば一言もないが、吉川英治の文才と光の魔術師といわれるレンブラントの観察力を以ってしても表現するのは無理と思う。とにかく不可思議な雰囲気なのである。
「これはすごい。」と思いつつ、ロードスターは球体にゆっくり接触した、というよりも吸い込まれて行った。衝撃は全くなく、じわじわと深い藍色の湖に沈むという感じかな。
ボールの中に入ると一転して、オレンジと薄い緑がまぜこぜになった、非常にこころが落ちつく緑がかったクリーム色になった。なにしろ今まで見たこともない色彩の連続で表現のしようがない。
中は巾20メートル、上下10メートルほどの空間というか空洞がずっと続いているだけで、なにもないのは外壁と同じだ。
時速10キロ位でゆるゆると1分ほど進むと、やがて左側の壁がゴワーンという寺の鐘によく似た音がして、じわじわと壁自体が空洞になったのだ。空洞に沿って、左に旋回すると今度は、ブルー系統の壁となり、やはりほっとする落ちついた色合いである。決してけばけばしい色ではない。
ここでも1分ほど進んだろうか、正直言って時間間隔がずれてしまって、時間がよくわからないのである。今度は右側の壁がボンボンボンと鳴り、ボワワワーンという聞いたこともないような不思議な音とともに、ホールが出来たのでそちらに入った。そこでロードスターは止まった。
中は薄いピンクというかピンク紫というか、これも見ただけでなんだか天国に行ったような気分にさせられるカラーで、天井というか床というか全て楕円状の部屋の中なので、取り止めがない。実際、ここは極楽ではと何度思ったか・・・。
第一、私や車がいる床も目に見えるフロアーではなく、空中に浮いているので、そういう意味ではなんとなく落ち着かない。あんまり驚いていたのか、この球体に入ってから一言もしゃべらず、キョロキョロとあたりを見回しているだけだった。
「この物体は何なんですか。」と沈黙を破って質問した。
「う〜ん、何なのですかと言われても・・・・・。われわれはシルバーボールと言っているのですが、正直言ってわれわれにもよくわかっていないのですよ。ただわれわれはもう300年間、このシルバーボールを研究しているのですが、わかったのはこのボールは人類が足元にも及ばない超が100ぐらいつく高等生物によって作られたものということですね。そもそも、このボールのなかに入り込むのに人類は200年近くかかったのですからね。この車がすんなり入れたのもライセンスがあるというか、このボールから許可を得ているから入れたのですよ。この中には8000億光年といわれる大宇宙の全てといっていいほどの情報が入っているのですよ。」
「わたしの知識では宇宙は800億光年の広がりをもつ空間だと習ったのですが・・・。」
と知ったかぶりの知識を披露してみた。
「そうですね。大体それでいいのですが、それは宇宙の中心部のことで、その周りに星の密度が極端に少なくなりますが、およそ数1000倍ほどの空間があって、さらにその外側は今のところ何もないということになっていますね。」
そんな話をしているうちに、壁の一部に穴があいて、1人の人が入ってきた。背の高さは私と同じ170センチ強でやや細身。服装は何と私たちと同じようなラフなブレザーに半ズボンときたもんだ。
後で聞いたことだが、このボールの案内人は訪問者の容姿に合わせて、変幻自在にかわり、応対するということだった。中身は人間ではなく、いわゆるロボットだということだが、私たちが考えるロボットではなく、言わば鉄腕アトムを徹底的に進化させたようなものと言えば、当らずといえども遠からずかな。
皮膚の色もハーフの秀樹君に合わせたのか、色白の日本女性という感じ。顔立ちは私に合わせたのか、自分でいうのもなんだが、目鼻パッチリのハンサムヤングマンというところか。
「やあー、お久しぶりです秀樹さん。」とむこうからしゃべったのには本当にびっくりした。
「本当にお久しぶりですね。忙しかったものですから、こちらに来ることがなくてね・・・・・。」といいながらロボット君と握手。秀樹君、忙しいと言いながら、実は庄原の山中でボンヤリしていただけなのだがね。
「実は、きょうはわたしの古里の地球から20世紀の人を連れてきたのですが、少しこの中を案内していただけないかと。」と紹介されながら、わたしはロボット君と握手。手の感触も人間と全く変わらない。
「こちらはガイドのアトム君です。本名は長たらしくて覚えきれないので、わたしの好きな古典『鉄腕アトム』から愛称をつけたのですが、本人も気に入っているようですよ、ね、アトム君。」
「えー、あれは人類の最高傑作の1つでしょうね。私どもの記録には残っていませんでしたが、秀樹さんが手塚治虫全集を持ってきてくれたので読んでみましたよ。」とアトム君はうれしそうに両手でアトムの耳のかっこうをして、「岡を越えて−、星のかなたー。」と歌いながら、アトムのようにササッとロボットらしい歩きをした。そのかっこうがあまりにも面白いので2人は腹をかかえて大笑い。いやー、宇宙ロボットにこんなユーモアがあるなんて・・・・・。
「大体、アトム君は冗談が多いが、きょうのは傑作だね。」と秀樹君。
「立ち話もなんですから。」と言いながらアトム君、壁にむかって何やらしていたが、しだいに周りの様子が和風庭園に変化して行き、何と京都の金閣寺が出現したではないか。しかも、今まで足元は空中に浮いていたので、歩きづらかったが、今度は、ちゃんと土もあり雑草もあるごくふつうの金閣寺の境内に立っており、更に金閣寺の背景の山々もちゃんとあり、全く地上にいる時と変わりがないのである。
さらにさらに、時は桜が満開というサービスのよさ。
「さて、どこかでお茶でも飲みながらお話しましょうか。この金閣寺のデータも秀樹さんから提供されたものでして。お気に召しましたか・・・・・、えーと、タカハシさん。」とアトム君、わたしの名前を忘れたらしい。少しボケ気味かな。
金閣寺は中学の修学旅行以来だったのでボーとして見ていたが、
「えっ、あ、そうですね。ま、抹茶で一服というのもいいですね。」としどろもどろに答えた。
「同じ飲むのなら、金閣寺のてっぺんの部屋で飲みましょうか。」という秀樹君の提案で、寺の一番上の部屋まで歩いたのであるが、まさか宇宙のど真ん中で、おまけに金閣寺の中を歩けるとは・・・・・。
「ここが屋上かな。」と言いながら秀樹君、キョロキョロしながらあたりを見る。わたしも金閣寺の屋上なんて見たことも、聞いたこともなかったが、上への階段がないので、そこが屋上なのだろう。
「でも、土足でいいんだろうか。」とわたしがもっともな疑問を呈すると、
「いやなに、これは単なる映像にすぎないですから、あとで全てはきえてしまうから大丈夫ですよ。」とアトム君。
「そうそう、これは単なる映像なのです。」と言いながら秀樹君は欄干(らんかん)の円柱をコンコンと靴で蹴っているので、わたしも欄干に触って見たが、その感触はどう見ても単なる映像とは思えない。
「まーまー、かたいことは抜きで・・・・・。お茶は抹茶でいいですか。」とアトム君、抹茶のセットを用意し、なんと茶釜まである。畳にすわってお茶を飲むのが本来の姿なのだろうが、それでは欄干が邪魔して、景色がよく見えないので、テーブルで抹茶を飲むことになった。お茶は妻が入れてくれる抹茶を見よう見まねで私が入れたのだが、それにしても金閣寺の最上階でお茶を一服というのは一生に一度のことだろう。
日光がさんさんとふりそそぎ、春風にさそわれて、春爛漫(らんまん)の香りがうっすらと頬をなでていく。まさに絶景である。しばらくは、椅子にすわって、景色を見たまま誰も一言も発しない。
ややあって、目の前をチッチッチッと4〜5羽の小鳥が通り過ぎたとき、わたしはつぶやいていた。
極楽は こんなものかな 金閣寺
「金閣はいつ見てもすばらしい。今回は時節も最高ですねー。」とまずそうに秀樹君抹茶を飲みこむ。
「まずかったですかったかね。」と問うと、
「わたしにはちょっとにがいですね。」
「これで干菓子(ひがし)でもあれば最高なんですが・・・・・。」と干菓子が出るのを期待して言うと、
「干菓子とは何ですか。」という返事。そうだろうね、20億光年のかなたのロボットに茶菓子のデータを期待するほうが無理だろうね。なんだかんだで、結局、茶菓子はわたしの好きな藤井屋のもみじまんじゅうということになった。
まんじゅうにしても、椅子やテーブルにしてもアトム君が半ズボンから取り出した手帳のようなものをサラッと触れただけでジワーンと出てくるのだから驚異である。そこでまた一句。
茶菓子には もみじまんじゅう 金閣寺
アトム君ロボットなのにおいしそうにまんじゅうをぱくついて、なんと10個くらいをペロリと食べてしまい、抹茶もさもおいしそうに5杯もたしなんでしまった???
この調子だと人間と同じようにウンチもするのかも。
そんな感じで、いろいろと世間話に花が咲いている間に、秀樹君がちょっと考え事をしているようだったが、しばらくして「了解、了解。」と言いながら、
「残念ですが、いま、母船から急用が入りましたので私はこれで失礼します。あとはアトム君、高橋さんをよろしく頼みます。案内が終わるころにはお迎えに来ますから。」
「では、わたしどももそろそろ退散しましょうか、いかがですかタカハシさん。」とアトム君が聞くので、
「結構ですよ、本当に楽しかったです、ありがとうございました。」と返事したとたんに、金閣寺の場面は消え、もとのうすいピンク色の部屋にもどっていた。しぶいシルバーのロードスターももとのままだ。
「じゃ、すぐもどってきますから、高橋さんをよろしく。」と言いながら、ロードスターはもときた通路に消えていった。本当に迎えに来てくれるのかしらね、とかなり不安を感じたけれども、日本男児として顔には出さず、
「この宇宙船は誰がつくったのですか。」と秀樹君に聞いたのと同じ質問をアトム君にしてみた。
「私たちを作った生命体のことですね。それは私たちロボットにはインプットされていません。わたしの製造時期もわかりませんが、数100億年は経過しているはずです。」
「数100億年・・・・・。あなたの年令が数100億年ですか・・・・・。」
「そう思いますが、われわれのいるこの宇宙物体、秀樹さんはシルバーボールとか言っていますが、この物体はおそらく数1000億年以上経過しているでしょう。要はよくわからないということなのです。」
「数1000億年・・・・・。わたしが聞いている宇宙膨張論では800億年ごとに膨張収縮を繰り返すというのですが・・・・・。」
「それは皆さんの言う3次元の世界からみるとマーマー正しいと言えるのですが、
われわれの次元、みなさんが想像すらできない次元ですが、その次元からみるとその8000億年もほんの一瞬の世界でしかないのです。この8000億光年の世界は無から有の生ずる世界で、多分始まりもなければ、終わりもないというのが正解に近いといえるでしょうね。」
「・・・・・・・・・・。」
「そしてこの8000億光年の大宇宙を10円玉にたとえるとしますと、多々ある大宇宙の一番近いものでも900キロメートル離れていると言われています。タカハシさんの広島からだと、東京までの距離になるでしよう、You understand(わかりますか) !」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「で、われわれを作った生命体はこの宇宙を知り尽くしたため、もう一つの宇宙目指して飛び出して行ったのではないでしょうか。数100億年経ってもこうして動くことのできるわたしのようなロボットを作った生命体ですから、それくらいのことはやったのではと思うのです。」
「・・・・・・・。」
という具合に会話にならなかった。そこで気を取り直して、
「一体、アトムさんを動かしているエネルギーは何なのですか。」と聞いてもムダと思いつつ質問した。
「そうですねー、みなさんの計算では光が約3年間移動した距離を1パーセクというようですが、これをわれわれはほんの一瞬で移動できます。これは物質の移動ではなく、あえて言うなら思考が移動すると言えばいいのでしょうか、その思考的なものがわたしのエネルギーかな。いや違うなあ。みなさんの言葉では表現不可能ですね。申し訳ないですが・・・・・。」と気の毒そうにアトム君は言う。つまり猿が発達した人類程度の頭では話してもムダということなのかも。脳細胞が160億程度の限界なのかなー。
「それはそうと、なんだか落ちつかないようですね、タカハシさん。」
「えー、足元に何もないのはどうも・・・・・。」と足元を見つめると床らしいものが5メートルくらい下にあるらしく、私自身は空に浮いているのだ。
「できれば、さきほどの金閣寺とまではいかなくても、何かふつうの床にしてもらえればいいのですが。」
「お安い御用です。」というがはやいか床は上質の板張りのものとなり、歩くとコツコツと小さな音がして心地よい。
「うん、これで少し落ちつきました。」
「ではそろそろご案内いたしましょう。何かご希望があれば、おっしゃってください。」
「そうですねー、できればわれわれの地球誕生の様子がみたいですね。」
「おやすいごようです。」とまるでアラジンのランプの召使いのようである。なにか壁にむかって、ゴソゴソやっていたがやがて、部屋全体が宇宙空間に飛び出したようになった。しかし床はちゃんと板張りというサービスぶり。宇宙空間なのに息苦しくないのは、これも単なる映像のせいかも。
なんでも、そこに記録されているものは、われわれの尺度でおよそ5000万年に1度きりの記録だそうである。つまりわれわれの天の川銀河も5000万年に1回調査されているというわけである。ただし、1回の調査に約1000年ほどの年数をかけるということである。もちろんこの中には太陽も地球も含まれ、その時その時の状態が克明に書き残されているのだ。
書き残されているというと語弊があるが、かれらの次元による記録媒体なので、あえていえば立体文字とでも言えばいいのか、人類には理解不可能な伝達手段なのだ。
なんでもかれらの記号が20あるとして、その記号を上下、左右、前後に立体的に配置しただけで、われわれの情報量で言えば新聞紙50京(けい)分、兆で言うと500000兆枚というから、はっきりいって無限に等しい情報量といえよう。それがわずか1ミクロンに満たない、針の先より小さい空間に収められるのだそうである。
それはそれとして、地球の記録を参考にして見ると、今から4000万年前の記録が最新のものらしくて、次回の調査は約1000万年後となるというから、なんとも悠長(ゆうちょう)な話ではある。
かれらの調査では、知的生命体の宿る惑星の平均寿命は大体100億〜500億年くらいであるから、5000万年に1度の調査で充分なのだそうだ。
で、ちなみにわれわれの知識では地球誕生は46億年前後といわれているので、そのあたりの記録を検分させてもらうことにした。
8000億光年の宇宙に含まれる銀河は大小あわせて約6000億あり、その中からわれわれの天の川銀河を見つけることは、初めは相当苦労しているようであったが、アトム君の努力もあり10分ほどで、なんとかわれわれの銀河をキャッチした。
一旦銀河が固定されると、地球を見つけることは簡単であった。というのも、地球はこの銀河の中でもとくに面白いもののひとつなのだそうで、似たような惑星はこの銀河には50ほどしかないそうである。
ちなみにこの大宇宙には人類を越える知性を持った生命体を有する惑星はせいぜい5億個だそうで、これだと1000個の銀河に知的生命体の星は約1個程度ということになる。知的生命体が50もある天の川は相当に特殊な銀河といえるかも。しかもその生命体の平均存在年数はなんと20万年というから、お互いが出会う機会は限りなくゼロに近い。
どういうわけか、人類程度以上の知性を持った生命体はその頭脳のためかどうか、20万年を越えて存在することは非常に稀なのだそうだ。地球に新人類が出現して、せいぜい3万年。ということは、われわれの運命もあと長くて17万年か。人類がこのシルバーボールに出くわしたのは、実験の操作ミスという、全くの偶然の産物で、このことが凶となるか吉となるかは人類しだいであろう。
ごちゃごちゃ前置きが長くなったが、50億年前の地球のことに話をもどそう。
さて、アトム君が「何か飲み物でも?」というので、コーヒーを注文。味のほうはまずまずで、アトム君自身もおいしそうに飲んでいる。何度も言うようだが、ロボットがおいしそうに飲むのは何か不思議な気がするね。
「失礼ながら、さきほどの抹茶もそうですが、コーヒーもおいしいですか。」と無粋(ぶすい)な質問をしたら、
「ええ、いまあなたの好みに合うように、自動的にセットされましたからね。いつもはこの中の気体そのものも栄養になっているので、何も飲食しませんがね。」とにこにこしながら、またコーヒーを飲んだ。入らざることだが、この見学中にアトム君7〜8杯は飲んだね。
「えーと、50億年前の地球でしたね。」といいながら手元にある記号入りのボックス様のものにさわっていたら、突然、目の前が無限の暗闇となり、なんだか光の粒のようなものが写りだしたのだ。
「いま、あなたがたの地球暦2000年を軸にして、58億年前のデータを示しましたが、まだ全て星のくずばかりで、太陽がボンヤリ出来つつある状態ですね。」というので、
「あのボンヤリしたのが太陽になるのですか。」と聞くと、
「そうですね、あと5000万年ほどで太陽は完成するでしょう。惑星は更に1億年ほど遅れるでしょう。」とつまみのアーモンドをポリポリ食べながら答えた。このアーモンドもわたしの注文である。
「それじゃー、2億年ほどずらしてもらえます。」
「了解、地球人さん。」ほどなく次の場面がでた。場面といっても3次元の立体像である。今度は、直径1メートルほどの太陽らしきものが、強烈な光を発している。本来なら眼をやられるほどの光線だが、シールドがかかっているせいかそんなにまぶしくない。
「う〜ん、多分これが地球でしょうね。」といいながら、アトム君は針の先ほどの薄暗い物体を指差したが、どうもいまいちはっきりしないので、
「もっと拡大してもらえないですかね。」というと、
「了解、地球人さん。」というので、
「ちょっと、アトムさん、わたしは高橋というので、その名で呼んでもらえませんかね。」
「了解、タカハシさん、失礼いたしました。」といいながらアーモンドをポリポリ食べる。よっぽどアーモンドが気に入ったようである。
「ん〜と、このくらい接近したほうがいいかな。」といいながら、ボックスに手を触れると、直径数100メートルの煮えたぎる火の玉が眼前に広がった。そのものすごい光景にあ然としているわたしを見て、
「これが地球のはずですが、どうかしましたか。」
とコーヒーのカップを口に当てたままアトム君は横目でわたしを見た。10分くらいボー然としてこの太古の地球を見ていたろうか、真っ赤な地球に照らされて、彼の顔もまるで赤鬼になっている。
「そうですね、この場面だけでは変化がないので、600年ほど微調整して見ましょう、1000年ほどなら何とかなりますからね。面白い場面になりますよ。」といいながら、例のボックス様のものを触っていたが、突然、眼前の地球に、地球の10分の1はあろうかと思われる超巨大隕石というよりも、小惑星が超高速で接近しているのにはまたまた口あんぐり。
地球の半径が約7000キロだから・・・・・そうか、火の玉だともっと大きいはずだね。なんにしても、あの接近ぶりから判断して、秒速1000キロは越えているだろう。驚いて、口をポカンとして見ている暇もあらばこそ、その大飛球体は地球に激突。
周辺に大火炎が飛び散り、一部が画面を見ている私たちの方に急接近。
「だ、大丈夫でしょうね。」と、我に帰ったわたしにアトム君、にやりとして、
「もちろん、これは単なる映像ですからね。」と言いながら、また、コーヒーをボックス様のものから取り出した。このボックス様のものは形としては単なる50センチ四方の箱で、シンプルそのもの、何の凹凸もスイッチもないのに、適当に手を触れただけで、コーヒーは出てくる、アーモンドは出てくる、地球の大画面は出てくるはで、まるでマジックボックスだ。どうも頭で考えたことが実物のものとして、出てくるようなのだ。
そうこう言っているうちに、接近していた大火炎が、われわれの方に襲いかかり、全画面が眼もくらむまっかっかになったかと思うと、ドドーンと天地をゆるがす大音響がして、前につんのめって、バッタリ倒れてしまった。
「ウワー。」とジェントルマンのわたしとしては、はしたない悲鳴をあげてしまった。なんだか体中が熱くなったような気がしたが、アトム君はころびもせず、平然としてコーヒーをすすっている。
「ど、どこが大丈夫なんですか。いたたたた、こ、この宇宙船は大丈夫でしょうね。」と少し咳き込みながら言う。わたしのコーヒーカップは床に落ち粉みじんに・・・・・あれれ・・・影も形もない。それどころか、
「はい、どうぞ、タカハシさん。」とどことなく憎めない笑顔で、代わりのコーヒーを差し出した。
「いや、もう結構です、いたたたた、それより地球はどうなりました。」と腰をさすりながら画面を見ると、飛び散った火炎は地球からしだいに遠ざかり、地球自体もなんだか少し変形しているようだ。と、つい先ほど大激突した反対の方から、地球の5分の1はあろうかと思われる大火球体がドーンと飛び出したのにまたまたびっくり。いや、これでは心臓がいくつあってももたないね。
「あっ、あれは!」あとは言葉にならない。
「あれが、あなたたちが月と呼んでいる衛星ですよ。」
「えー、月は大隕石が地球をブチ抜いて出来たもんですか。」
「まー、そういうことになりますね。ま、この宇宙ではごくごくありきたりのことですがね。」と笑顔で答えた。なんとも宇宙人のロボットはそこいらの喫茶店のウエートレスよりはるかに応対がいいね。それともアトム君だけがこんなにもグッドボーイなのかね。しかし彼のいう単なる映像は注意しないとケガすると思うよ。まだ腰が痛むのだ。
さて、強烈なパンチを食らった地球は、なんだか煮えたぎりがますますひどくなったようで、細かく振動していて、まるで生き物のようである。地球を突き抜けた大火球は速度がずっと遅くなっていた。やがて、地球から40万キロのところで止まるのだろうか。
「まー、こんな状態があと7〜8000万年ほど続くのですが、もう、このあたりで原始の地球は終わりとしましょうか。」
「ちょっと待ってください。写真を撮りますので・・・・・。」とようやくカメラをいじる余裕ができた私は愛用のキャノンUDに28ミリレンズをセットして、ファインダーをのぞいたが、当然といえば当然、地球のかたちどころか、ただの赤く金色に煮え立つ地球のほんの一部が見えただけだった。
キャノンUDのファインダーはあくまで忠実に50ミリの視野なので、28ミリの視野はヤマカンに頼るしかない。28ミリ用のファインダーが別売りであるが、不精者(ぶしょうもの)のわたしにはとてもいちいちセットしてはいられないので、買う気もしない。
「申し訳ないですが、もう少し地球を小さくしてもらえませんか。」といろいろ注文をつけながら20枚も写しただろうか。どうもアマチュアカメラマンの悪い癖で、一度に同じ被写体をバチバチ写すことはない。なにしろ月の誕生という超重大場面でも、たった20枚だもんね。それに当たり前のことだが、白黒写真なんだ。
38世紀の地球ではカラーどころか、無限とも言うべき超微粒子の記録媒体でしかも立体映像もあるけれども、この記録媒体をわたしが住んでいる時代の地球に持って帰ると自動的に消滅するといわれているので、愛用のキャノンと交換レンズ3本(28、50、100ミリ)を携(たずさ)えてきたのである。これなら地上に持ち帰っても消えることはないといわれたのだ。
フィルムは庄原の駅前のカメラ店でネオパンSSを全部(といっても30本くらい)買ったので、店の主(あるじ)は驚いていた。その時は現金の持ち合わせがなかったので、(まー、実を言うと、家に帰ってもないがね)秀樹君に相談すると、
「な〜に、わけないですよ。どんなお金が欲しいのですか。」というので、虎の子のボロボロの1000円札を1枚渡すと、(なにしろ1枚しかなかった)ふところから手帳のようなものを取り出し、その中に1000円札をいれながら、
「何枚いりますか。」と言う。
「えー、何枚と言っても・・・・・、10枚もあれば・・・・・。」という間もなく、手帳の中からトントントンと10枚のシワシワの古ぼけた1000円札が出てきたのには口あんぐり。わたしは本物そっくりのそのお札をしげしげ見つめていたが、
「ちょっと・・・、これって・・・・・、ニセ札じゃない?それに番号がわたしの1000円札と同じというのも・・・・・。」と眼をパチクリさせながら注文をつけると、
「OK、OK、番号を変えるのね・・・・・・・と、これでどお。」とあっという間に例の手帳からニセ札が新たに10枚出てきたのである。38世紀から来た秀樹君にはニセ札を作るとどういうことになるかの意味がどうもわかっていないようなのだ。
ニセ札作りがいかに悪いことなのかを説明する暇もないのと、急いでいたのとで、わたしもニセ札の意味がわからなくなって、カメラ屋のおやっさんにそのお札で支払ったのである。そのあたりのところは、今でもわたしの良心が痛むので考えないことにしている。
まー、話がスケールの大きい宇宙旅行なのでスケールの小さいニセ札のことはなかったことにしよう。なんだか月の誕生からニセ札作りに話題が移ってしまったが、話をもとにもどそう。パチパチ写真を撮っている私を見て、
「それって2次元の記録でしょう。ここに3次元の記録のものがありますが、いかがですか。」と言いながら、アトムくんは先ほどのボックス様の物の中に手を入れて、ほんの7〜8ミリ四方の角砂糖のようなものを取り出した。
「えー、是非もらいたいのですが、なにしろ20世紀の地球に持って帰っても全て消えてしまうと言われていますので・・・・・。」
「それもそうですね、ま、消滅しない方法がないわけではないですが・・・、わたしの権限では・・・・・、それでは原始の地球はこれ位にしておきましょうか。」と言いながら、アトム君は画面を消したので、赤ら顔の我々もふつうの顔色にもどっていった。そのほか知りたい事はそれこそ山ほどあるが、激突ショックでいささか疲れたので、原始地球のボックスからはおさらばした。
そのあと8000億光年の宇宙の果てやら、巨大ブラックホール(なんと直径が100光年を越えるといっていた)の中やら、なんでも無限に放出するホワイトホールやら、長径が100億光年を越える超巨大銀河やら、いろいろと単なる映像で実体験させてもらったが、あんまり刺激的だったのと、いささか疲れたので書くのはやめよう。いちいち書いていたら、それこそ8000億年かかってしまう。
特に巨大ブラックホールへ突入したときはアトム君ともども何も見えなくなり、彼の声だけが、有線のイヤホーンを通して聞こえただけで、それこそ暗黒で無音の世界に10日間もいた気がしたが、実際にはほんの数10分の体験だったらしく、ブラックホールを脱出したときには、口の中に先ほど食べたアーモンドが残っていた。それにしてもあの暗黒と音のない世界はあと数時間いたら発狂していたかも知れない、もうこりごりの世界であった。
なんにしてももうへとへとになったので、秀樹君に連絡をとってもらい、1時間ほどムダ話をしていたら、車が来たのでホッとしたね。
明るいイエローのロードスターに乗りシルバーボールを離れた。
「あ〜あ、あのとき100枚といっておけば良かったなー。」とニセ札のことを考えていると、秀樹君が
「なにか心配事でも・・・・・。」と言うので、
「え、いやなに、なんでもないですよ。」と作り笑いをしたが、なに、秀樹君にとっては私の考えていることはミエミエで摩周湖の水よりも透き通って見えるというもんだ。あー、きょうは本当に疲れた疲れた。
つぎつぎと 口あんぐりの シルバーボール